読書感想 : 『エドノミクス 〜歴史と時代劇で今を知る』

 

『エドノミクス 〜歴史と時代劇で今を知る』 飯田 泰之、春日 太一   扶桑社 (2014/5/31)

江戸時代の社会の実際を伝えてくれる本です。

江戸時代というと、家康が作り、秀忠、家光が体制の基礎を固め、その後三つの改革や田沼時代を経て幕末へ至るという政治史、安定した時代を背景に多様な文化が花開いた元禄文化、化政文化を思い出します。それらはつまり、歴史の授業で学んだことです。

 

それらを学んだ時は、一部の偉い人、一部の余裕のある文化人がやっているそうしたことと、一般の人々が生きる社会とのつながりを実感することはありませんでした。いや、当時の社会の実際がどうだったのだろうと考えることすらありませんでした。

 

さて、著者の飯田さんは経済学者、春日さんは時代劇研究家です。本書はそんな二人の対談パートを含む共著本です。二人は、とても平易な語り口で、江戸時代の社会の実際をわかりやすく解説し、江戸時代を身近なものにしてくれます。

 

飯田さんは江戸時代の経済政策を説明します。

 

飯田さんは、江戸時代の経済政策を一部の上の人がやっていることとして説明するのではなく、当時の一般の人々の社会生活水準等に触れ、常に社会の現実に密着しながら、当時の経済政策についての記述を進めます。読者は江戸時代の”現実”に分け入っているつもりになって、江戸時代の経済政策、そしてそれと同時に、経済政策とは切っても切り離せない政治体制について学べるようになっています。

 

春日さんは、江戸時代という時代劇の舞台について、エンターテインメントの観点から説明します。

 

春日さんの説明のポイントは、一言で言うと、”時代劇には作り手の批評性、現代性が託されている”、つまり時代劇で描かれる江戸時代は実際の江戸時代とは全然違うよ、ということです。春日さんはこの論点を、江戸時代の人々の生活の実際を対比させながら、とても説得的に、そして愉快に記述してくれます。真田十勇士、忠臣蔵、吉宗、坂本龍馬、そして津川雅彦ww等々が取り上げられます。

 

時代劇はそれが作られる時代思潮に規定されているさまをここまで克明にみせられると、時代劇はフィクションだなと当たり前のことを思うと同時に、時代劇、時代小説から歴史を学ぶ危険性を思わずにはいられません。

興味深い指摘が満載です。

二つほど膝を打った指摘を紹介させてください。

 

春日 幕末の薩摩藩士・島津斉彬がまさにそうですよね。江戸で育ったものだから、薩摩に帰っても信頼できる家臣は誰もいない。そこで、西郷隆盛ら身分の低い若者を抜擢していった。

飯田 明治維新後に廃藩置県を行い、基本的に華族は東京に集中します。でも、例えば、ドイツやイタリアで封建領主をいきなりベルリンなりローマなりに集めるとなったら大変なことになったんじゃないでしょうか。でも、日本でスムーズにそれが行えたのは、明治維新の時に大名はすでに、江戸=東京に対しての馴染みがあった。江戸時代、細かく分封されていて、ある意味で連合国家だったのに、すんなり中央集権家できたのは、エスタブリッシュメント層が「江戸・東京の人」だったから。参勤交代によって、260年かけて中央集権国家になりやすい下地が出来ていたのかもしれません。

春日 参勤交代がうまかったのは、地縁を外したことにあると。

 

商業中心主義(資本主義)か農本主義かというのは、さかのぼって源平の時代から日本にある対立軸です。源氏と平家にしても、平家は資本主義・グローバリゼーションっぽいところがある。一方、源氏は土地付き領主の農本主義の立場です。後醍醐天皇と足利の戦いにしても、室町幕府・足利氏は武士の代表として、源平時代の源氏と同様に中小領主の権利の保護者としてふるまいました。江戸時代の政争もまた、だいたいが資本主義vs農本主義、中央集権vs地方分権という視点で整理すると理解できる。

 

なお、田沼意次vs松平定信、また、秀吉vs家康もこの図式で整理できるようです。それぞれ前者が資本主義・中央集権、後者が農本主義・地方分権に対応します。

 

こうした興味深い指摘がこの本の随所に見られます。付箋がいっぱいになりました。こうした指摘を楽しむだけでもこの本を読む価値があるのではないかと思います。

 

それにしても、エコノミストと時代劇研究家にコラボさせよう!と思いついたかた(編集者かな??)の企画力に脱帽です。お互いが補い合いながら、あきさせない作りになっています。二人の対談からは、対談の楽しそうな雰囲気と二人の江戸時代愛が心地よく伝わってきました。

 

楽しく一気に読めました。お買い得感たっぷりの一冊です。