読書感想 : 『世界最強の女帝 メルケルの謎』

 

『世界最強の女帝 メルケルの謎』 佐藤伸行 文藝春秋 (2016/2/20)

本書はドイツ現首相メルケルの伝記です。

ドイツの現首相アンゲラ・メルケル。

 

メルケルは、ドイツですでに10年以上に渡って首相の地位にあり、国の舵取りを担っています。その間、メルケルはドイツを欧州の盟主の地位に押し上げました。ドイツと並ぶ欧州の中心国フランスのオランド大統領でさえ、いまでは「メルケルの有能な執事」です。いまや欧州は「ドイツの欧州」ならぬ「メルケルの欧州」とまでいわれ、メルケルは「欧州の女帝」として君臨しているようです。

 

本書はメルケルの伝記です。メルケルが生まれてから現在の地位にたどり着くまでの来歴、および現在のメルケルの政治スタイルを紹介、考察することで、人間メルケルの実像を浮かび上がらせることを目的とします。

 

著者も言うように、メルケルは世界政治の重要人物でありながら、メルケルの素顔は日本ではほとんど知られていなかったのではないでしょうか。私はメルケルについては、ドイツ初の女性首相ということぐらいしか知りませんでした。本書は私の知らなかったことばかりで、ページをめくるごとに新しい知識をもらえた思いです。

メルケルのこれまでの歩み

メルケルの来歴は雑駁にまとめると次のようになります。

 

①メルケルは東ドイツで育ちます。メルケルは物理学者を志し、一物理学者としての研究生活を送っていました。この間、政治活動とは無縁の生活でした。

 

②それがベルリンの壁崩壊を機に、突如物理学を辞め、政治活動に転向。転向後、わずか十年でCDU(←日本で言うところの自民党みたいな党です)の党首になります。

 

③その後、晴れて首相になり、10年以上にわたる長期政権を築くことになります。

 

①〜③の各段階それぞれで興味深いエピソードが盛り込まれ、メルケルの生涯が詳細に追跡されます。そして伝記の常ですが、メルケルの生涯と絡めて、ドイツの政治、経済、社会を含めたドイツの歴史が臨場感たっぷりに記述されます。例えば、①の時期で描かれる東ドイツの監視社会の息苦しさ、生きづらさ、②の過程での権力闘争の生々しさ、③の段階で中心的に取り上げられるで外交交渉の細やかさとダイナミズム。いずれもそれだけでも十分に楽しめる内容でした。

メルケルは徹底したプラグマティスト政治家です。そうした政治家が統治できる社会はよい。

女帝と評されるまでの大政治家となったメルケル。本書で政治家メルケルについて語られる言葉をいくつか拾ってみます。

 

すべてビジネスライクなことは、パッションなきメルケル政治の本質でもある。

 

メルケルの行動原理は案外、単純だという見方がある。首相就任の宣誓の文言に忠実な行動を心掛けているのだという。宣誓は「ドイツ国民の安寧のために献身し、国民の利益を増進し、国民の損害を防ぐ」とあり、ドイツ宰相たるものは、ドイツ納税者が損失を被るような事態を極力避けるために全力を挙げると誓約する。確かに、メルケルの政治家としての行動規範は、ドイツ国民の利益のために働くという契約上の義務に尽きると考えると分かりやすいかもしれない。メルケルはその意味で、「真面目なナショナリスト」なのである。

 

メルケルは「リケジョのマキャベリスト」であり、メルケルとマキャベリを掛け合わせた「メルキャベリ」という綽名もある。

 

科学者にとっては観察結果が重要なのであって、科学的知見に長期ビジョンは介入しない。理念や思想も必要ないメルケルにとっては、観察結果に基づく「処方箋」が重要である。

 

メルケルは一を聞いて十を知り、その記憶力は世の常のものではない。担当の官僚が太刀打ちできないほど、その記憶力ははるかな過去に遡り、かつまた実に細部にわたる。誰かのある発言がいつ、どこであったか、メルケルは忘れることはない。

 

一切のロマンを排し、国益最大化の目的にひたすらに忠実に、優れた頭脳を駆使して怜悧に戦略を練り、政策を実行していくプラグマティスト政治家。政治家メルケルはこのようにまとめられるのではないかと思います。

 

夢、ロマン、大きなビジョンを掲げるのではなく、メルケルは目の前にある課題を淡々とこなしていくことで、ドイツ首相、そして欧州の女帝にまで上り詰めたわけです。

 

大きなビジョンを掲げることが政治家の役割だというかたもいます。私たちはそうした政治家の言葉に魅せられがちです。たしかに、そうした政治家は有権者の気持ちをホカホカさせてくれます。ですが、結局は空手形で有権者を裏切るかもしれません。というより、そうなる可能性が大きいのではないでしょうか。

 

メルケルのような政治家が存在し、そうした政治家がしかるべき地位について仕事ができる状況を作り続けられる社会。私はそうした社会が望ましいと考えます。女帝と呼ばれるまでに権力を一手に握ってしまうことがよいかはさておき、メルケルのような政治家が指揮をとるドイツ、そして欧州は、社会として良い状態にあると思います。

 

少なくとも、”絵に描いた餅”を公約に掲げる政治家が統治する社会よりははるかにマシです。

今後のメルケルに注目です。

本書を読んで、俄然、今後のメルケルとメルケルの欧州に興味が湧いてきました。

 

さて、いまや欧州は各国の財政問題、難民問題、イギリスのEU離脱問題など、問題山積です。

 

政治家が夢を語ることに私は否定的ともとれる考えを示しましたが(←全否定しているわけではありません、念のため)、耳に心地よい言葉が人々をまとめ上げる力があるのはたしかです。危機においてはなおさらです。

 

夢を語らないメルケルが、混乱の欧州で求心力を発揮し、欧州をまとめ続けることができるのか。メルケルの動きに注目しながら、欧州の動きを注視していきたいと思いました。