読書感想 : 『お笑い芸人に学ぶ ウケる!トーク術 』

 

『お笑い芸人に学ぶ ウケる!トーク術』 田中イデア リットーミュージック; 四六版版 (2009/11/25)

本書は、面白い話をするための必要条件をわかりやすく提示します。

お笑い芸人さんのお話は面白いですよね。

 

芸人さんが話し始めると、視聴者はあっという間に話の世界に引き込まれ、話の続きが気になりだし、最後には話のオチで笑わせてもらうことになります。笑ってスッキリ、視聴者はハッピーな気分になれます。

 

もしお笑い芸人さんのように面白い話ができたら、一緒に話をしたいと思われるようになり人が寄ってくるでしょう。人気者になれそうです。人気者とまではいかなくても、プライベートであれビジネスであれ人が寄ってきてくれるのに越したことはありません。

 

本書は、お笑い番組を手がける放送作家であり、お笑い学校講師でもある著者が、お笑い芸人のトーク術を参照しながら面白い話をするためのノウハウを提示し、読者が人気者になる後押しをすることを目的とします。

 

著者は、面白くない話が面白くない理由を解析することからはじまり、続いて面白い話の構造、そして面白い話をする芸人さんの振る舞いを具に分析することで、面白い話が成立するための必要条件を説得的に論じていきます。

 

笑いとは「緊張と緩和」のメカニズムから生まれるという点を踏まえて話を組み立てなければならないことや、聞き手を惹きつけるように話をうまく伝えるためには、比喩表現や登場人物の演じ分けなどが大切なことなど、なるほどと思わせる指摘がいっぱいです。

 

先ほどyoutubeで、”人志松本のすべらない話”での芸人さんのトークをいくつか見てみました。たしかに、芸人さんはほぼ例外なく、著者の言うノウハウに沿った仕方で話をしているのがわかります。本書で言われていることをきちんと実践していけば、実際に面白い話ができるようになれそうです。

 

芸人さんのような面白い話をしたい方にとっては、読んでおいて損はない本だと思います。

"面白ければなんでもあり"がいいとは思えません。

著者の言う面白い話をするためのノウハウは説得的です。ですが、一点、気になったことがありました。

 

著者は話を面白くするには「脚色」が必要だと論じます。「多少の創作」をすすめるわけです。

 

この時点で私は違和感を覚えます。たしかに、状況を限られた時間でわかりやすく伝えるためには、曖昧さを除去して伝えたほうがよいケースも多々あると思います。そうした意味での脚色でしたら、それもアリかなと私も思います。ですが、著者のいう脚色はそのレベルではありません。話を面白くするのに都合のいいように事実そのものの脚色をすすめます。

 

とあるお話について著者が添削している箇所で、著者は次のように言います。

 

ここでは彼女の言い間違いを彼氏だけが聞いたことになっていますが、店員も一緒に聞いていたことにする、という手もあります。その方が面白くなるのなら、脚色してしまってOKです。彼女には悪いですが、笑いに魂を売ってしまいましょう。

 

これではもう「脚色」ではありません。「創作」といえば聞こえはいいですが、端的に”作り話”です。著者は「「脚色」はあくまで事実ありきで盛る行為」とも説明していますが、これでは事実ありきとはいえないのではないでしょうか。それとも「盛る」とは”捏造する”という意味なのでしょうか。

 

笑いに魂を売れない私は、さすがにここまではできそうにありません。というより、著者の言うノウハウを十全に発揮できる場所は、笑いを取ることが至上命題のお笑い芸人さんの世界だけなのではないかとも思えます。

 

正しさの基準がなにかなんてことは私にはわかりません。ですが、著者の言う「脚色」が正しさから遠い場所にあるのはたしかだと思います。

 

お笑い芸人でもない私たち一般の人々が、著者のそうした姿勢を是として受け入れるようになったら世も末のような気がします。というのも、それは私たちが面白さのために正しさをないがしろにするということ、言い換えるなら、社会が正しさではなく面白さを基準に回るようになるということですから。

 

というわけで、読了後、私はいい気分がしませんでした。面白ければなんでもOKという世界は、テレビの中の世界だけであってほしいと強く思いました。