読書感想 : 『100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影 NHKスペシャル 』

 

『100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影 NHKスペシャル 』 春日 真人 NHK出版 (2008/5/31)

ポアンカレ予想に挑んだ天才数学者の格闘のドラマ

ポアンカレ予想。

 

それは、「単連結な三次元閉多様体は三次元球面と同相である」と記述される数学上の命題のことをいいます。フランスの数学者アンリ・ポアンカレによって1904年に提唱されて以来、幾多の数学者の挑戦をはねつけてきた世紀の難問です。

 

その難問が2002-2003年にグレゴリー・ペレリマンによって解決されました。

 

本書は、ポアンカレ予想に挑戦した天才数学者の格闘のドラマを通して、ポアンカレ予想の誕生からその解決までの軌跡を描いていきます。

 

数学の本というと敬遠する向きもあるかもしれません。ですが、著者は数学の抽象的な内容を、数式等を用いず様々な例え話を用いて具体的に理解できるようにしてくれています。"理解できる” は言い過ぎかもしれませんが、おおまかなイメージをつかめるようにしてくれています。ともかく、本書を読むのに数学の知識は不要です。念のため。

数学者は全てを捧げて真理を追求します。

ポアンカレ予想は、多くの天才数学者たちを惹きつけてきたようです。それぞれの専門分野において特筆すべき業績を上げてきた天才数学者たちが、われこそはとポアンカレ予想に挑み続けました。

 

彼らは、ポアンカレ予想に取り組む中、徐々にそれに憑かれたような生活へと入り込んでいきます。「ポアンカレ病」にかかっていくのです。ポアンカレ病にかかると、全生活をポアンカレ予想にささげるようになり、証明が進まない苛立ちや、解決したと思いきやそれが思い違いであったと気づくことによる落胆で、「一歩間違えば正気を失いかねない厳しい日々」を送ることになっていくのです。

 

彼らにとっては、真理を追求することがすべて。俗世的な幸福などなんの価値もないようです。俗世的幸福を求めて四苦八苦している私のような者からみると、彼らはまるで別世界の住人のように思えます。

 

ポアンカレ予想を解決したペレリマンに至っては、そうした俗世的幸福を顧みない程度が途方もないことになっています。

 

同じ数学者からも「ペレリマンは、間違えない」と言われるほどの天才数学者ペレリマン。彼は世間との関わりを徹底的に拒絶します。そのため、著者は本書を書くにあたって本書に登場する数学者を取材しているですが、肝心要のペレリマンその人の取材はしていません。ペレリマンは取材に応じてくれなかったようです。

 

また、ペレリマンは研究に打ち込める環境を求めて、「世界の第一線の数学者たちが集い、しかも高収入が保障されるアメリカでの研究生活を捨て」、故郷の小さな静かな研究所にこもるようになります。数学界のノーベル賞と言われるフィールズ賞をはじめ、賞一般を辞退します。

 

ペレリマンは人との交流やお金や名誉には目もくれず、ひたすら数学的難問に挑み、真理を追求し続けるのです。

 

世紀の難問を解くためには、ここまでストイックにならなければならないのでしょうか。世間との関わりの拒絶(つまりは俗世的幸福の拒絶)が、真理獲得の代償のように思えてなりません。

ペレリマンの独自のアプローチ

ポアンカレ予想は、ポアンカレによって位相幾何学つまりトポロジーという数学の分野の問題に分類されていました。それもあって、ペレリマン以前の数学者は、ポアンカレ予想にトポロジー的アプローチで臨んでいたようです。そして、すでに述べたように、彼らは解決にまでたどり着けずに終わっていました。

 

ペレリマンはそうはしませんでした。ペレリマンによって、ポアンカレ予想という「トポロジー(位相幾何学)を象徴する難問が、まず微分幾何学のアイデア(リッチフロー)で切り崩され、さらに物理学に由来するアイデアを導入することで解決」されます。つまり、微分幾何学と物理学のアイデアを用いたアプローチをとることでペレリマンは成功をおさめたのです。

 

では、どうしてペレリマンは従来にないアプローチをとることを思いついたのでしょうか。その天啓のようなものがペレリマンをポアンカレ予想に結びつけ、ペレリマンをポアンカレ予想の解決へと導いた鍵になるものだと思います。その鍵について、本書はスルーしています。

 

ペレリマン本人の取材ができなかった以上、それを求めるのはないものねだりなのは重々承知ですが、読了後、その点がどうしても気になってしまいました。

  

ところで、本書は NHKの番組をもとに仕上げられたもののようです。公共放送のNHKとはいえ、テレビ番組のテーマに数学を選んだことに驚きです。そして本書のような深く、濃い内容の番組を制作していたと知るにつけ、さすがはNHK、会長がらみの問題ややらせ問題やらで色々と世間を騒がせているとはいえ、腐っても鯛だなと改めて感心させられました。