読書感想 : 『天才』

 

『天才』 石原慎太郎 幻冬舎 (2016/1/21)

本書は石原慎太郎による田中角栄の伝記です。

戦後日本を代表する政治家田中角栄。

 

その田中の「金権主義を最初に批判し、真っ向から弓を引いた」石原慎太郎。

 

本書は、時が経ち、田中角栄の偉大さを認識した石原慎太郎によって書かれた田中角栄の伝記です。特徴としては、田中角栄のモノローグの形式で書かれていることです。つまり、田中角栄が自身の人生を振り返りながらものした自伝という体裁をとっています。

 

私の年代ですと、田中角栄の活躍をリアルタイムでは知りません。そして著者が田中を批判していたことも知りません。ですので、田中と石原といってもとくに因縁めいたものを感じることはありません。ですが、戦後を代表する政治家田中角栄と、ベストセラー作家石原慎太郎の組み合わせでつまらないこともないだろうと思い、手にとって読んでみることにしました。

 

期待は裏切られました。

本書は、著者の田中角栄への愛に溢れています。

田中と著者の過去のいきさつはどうあれ、本書を読む限り、著者の政治家田中への尊敬の念が、というより、人間田中への満腔の愛情を感じずにはいられません。モノローグという形式をとった時点で、そうなることは既定路線だったのかもしれません。もしかすると、溢れるばかりの愛情を文章にするもっとも効果的な表現手段としてモノローグという形式をとったのではないでしょうか。モノローグ形式をとらずに対象に対するここまでの愛情を表現しようとすると、ベタ褒めの”痛い”文章になってしまうでしょうからw

政治家田中角栄の深掘りがありません。

では内容はというと、いまいちというのが率直な印象です。

 

政敵であった石原慎太郎だから書ける伝記というのが本書の売りのはずです。ですが、どのあたりにそれが反映されているのかわかりませんでした。

 

著者が政治家田中角栄というより、人間田中角栄に比重を置いて話を進めてしまっていることにそうなってしまった原因があるのではないかと思います(あとがきでは著者は田中の政治家としての偉大さに触れていますがそれも通り一遍です)。これは、先に述べた、政治家田中への尊敬の念より、人間田中角栄への愛情が本書にあふれていることと無関係ではないと思います。

 

結局、「闇将軍」「キングメーカー」などと称され権力の亡者のように田中は見られていたが、実は人情味溢れたいい人だったという読後感を読者に与えて終わりの作品になってしまっています。

 

もちろん、本書が田中角栄という偉大な政治家への認知を世間に広め、田中のような政治家を待望する、あるいはきちんと評価できる、著者の願うような世の中になるための第一歩としての意義はあると思います。

 

ですが、政治家として相見えた石原慎太郎だからこそできる、政治家田中角栄のすごみのようなものを深掘りする作品をついつい期待してしまっていただけに、本書の内容には物足りなさを感じてしまいます。この点については、モノローグ形式であったのが足かせになってしまったのではないでしょうか。俺はここがすごいんだ、みたいな自画自賛の文章というのも”痛い”でしょうから。

 

なお、人間田中角栄にスポットを当てているため、政治家田中角栄のなした業績とその意義についての情報量ももちろん多くはありません。田中についての知識を得たかったら他書をあたったほうがよいでしょう。伝記だからといって本書にそれを期待しても手に入りません。