読書感想 : 『1964年のジャイアント馬場』

 

『1964年のジャイアント馬場』 柳澤健 双葉社 (2014/11/21)

本書はジャイアント馬場の伝記であり、日本、アメリカのプロレス史です。

本書はジャイアント馬場の伝記です。タイトルに1964年とありますが、1964年だけが取り立ててクローズアップされるわけではありません。生まれてから亡くなるまでのジャイアント馬場の全人生を、膨大な資料の精査と綿密な取材を通して明らかにしていきます。

 

また本書は、日本とアメリカのプロレス史でもあります。日本だけでなく、アメリカでも大活躍した馬場さんを描ききるには、日本とアメリカのプロレス事情の解説が欠かせないのだと思います。著者は、日本とアメリカのレスラー列伝のような表面的なものではなく、日本とアメリカがどのような仕組みでプロレス興行をなりたたせ、どのような思想を持ってプロレスに向き合っているか等含めて、日本とアメリカのプロレスの歴史を深く、克明に記述していきます。

 

私はKindleで読みましたが、紙の本では本書は495ページもあるようです。浩瀚な本です。ですが、私はジャイアント馬場をはじめ各登場人物の息吹が聞こえてきそうな臨場感たっぷりの文章に引き込まれ、その長さを感じることはありませんでした。

ジャイアント馬場は超一流のアスリートで、日米のトップレスラーでした。

本書の主役、ジャイアント馬場がプロレスラーだというのは知っていましたが、ジャイアント馬場と聞いてすぐに思い出したのは、「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」の馬場さんです。そこでの馬場さんは身体の大きなとぼけた感じのおじさんでした。ジャイアント馬場が出ている試合も数えるほどですが見たことがあります。それはどれもおふざけのようなものばかりでした。馬場さんが足を上げると、その足めがけて相手がぶつかっていって倒れるといったような。

 

そんな印象しかないジャイアント馬場が、「超一流のアスリート」であり、日本ではもちろんアメリカでもトップクラスのレスラーであったというのですから、私は本書を読んでびっくりしました。

本書の白眉はアメリカ時代の記述です。

ジャイアント馬場は、アメリカでレスラーとしての才能を開花させます。

 

ジャイアント馬場は、プロ野球の巨人を(「実力」ではなく、「人間を差別する嫉妬」によって)クビになり、その後怪我で野球をあきらめたところに、力道山に見出されプロレスの道に入ります。そしてアメリカに「武者修行」に出されます。

 

馬場はプロレス全盛時代のアメリカで身体を鍛えるとともに、プロレスのなんたるかというものを吸収していきます。馬場は恵まれた身体と優れた運動能力ばかりでなく、優秀な頭脳ももっていたようです。あちらのプロレスにすばやく順応し、レスラーとして求められる振る舞いを完璧にこなしていきます。馬場は徹底して”プロ”として振る舞ったのです。

 

馬場がプロレスにロマンを求めることはない。観客にサービスして対価を受け取るという、商人の息子としての職業意識があるだけだ。 

 

プロレスは一種の演劇であり、自分はその中で様々な役回りを演じられるようになりたい。そのためには自分はもっと技術を身につけなければならない。馬場ははっきりとそう言っている。 

 

馬場は「アメリカに渡ってからわずか4ヶ月」で頭角を現していきます。そのあとも出世の階段を登り続け、ついにはアメリカのプロレスの最高の名誉である、ニューヨークのマジソンスクエアガーデンでのイベントのメインイベンターを務めるまでになります。

 

こうしたリング上の痛快出世物語を別にしても、アメリカ時代の馬場はエピソード満載で著者は(馬場は、か)読者をあきさせません。

 

アメリカで馬場の名前が大きくなるにつれ、良くも悪くも周りが馬場を放っておかなくなります。金の卵となった馬場を巡っての日本、アメリカ両国の各方面による駆け引きやら、アメリカでスピード出世する馬場への嫉妬やら(馬場のボスである力道山も馬場に嫉妬していたようです!)、あちらこちらですったもんだがあり馬場はそれに巻き込まれていきます。そして馬場はそれを優秀な頭脳で切り抜けていき、最終的には最高の待遇を約束されて日本に帰国することになります。

 

本書の白眉はこうしたアメリカ時代の記述でしょう。突出したプロレスラージャイアント馬場は、アメリカで生まれアメリカで育てられたのです。

 

ここでは詳しくは触れませんが、このアメリカ時代に培ったものが日本帰国後の馬場の土台となり馬場を支えるとともに、馬場を縛る鎖しても作用し、後には馬場を時代から取り残す原因にもなっていきます。

プロレスラーの仕事は観客を楽しませることです。

本書には繰り返し、次のような言葉がでてきます。

 

プロレスラーは対戦相手ではなく、観客と戦っている。勝っても負けてもいい。「こいつの試合をまた見たい」と観客に思わせること。それこそがプロレスラーの仕事なのだ。

 

リング上でレスラーが何をするか。それを決める権利を持っているのはプロモーターであってレスラーではない。それが馬場の考えである。

 

プロレスラーにとって重要なのは勝ち負けではない。客を呼べるかどうか。プロモーターの指示のもと、勝つためではなく、観客を楽しませるために必死でファイトするのがプロレスラーの仕事。

 

私たちがある程度の年齢に達すると、いつともなく気づくプロレスの真実です。

 

中学生ぐらいのときに、プロレスはヤラセかヤラセじゃないかといったことを友人たちと繰り返し話したことを思い出します。恥ずかしながら私は、血が出てるんだからほんとうだよー、などと言っていました。それを思い出すと、あのころは若かったなあと、思わず笑みがこぼれてきます。