読書感想 : 『入門 犯罪心理学』

”科学的”な犯罪心理学の入門書です。

・少年事件の凶悪化が進んでいる。  

・日本の治安は悪化している。  

・性犯罪の再犯率は高い。  

・厳罰化は犯罪の抑制に効果がある。  

・貧困や精神障害は犯罪の原因である。  

・虐待をされた子どもは非行に走りやすい。  

・薬物がやめられないのは、意志が弱いからだ。

 

これらは一般に話題になる犯罪についての「事実」として、本書の序章であげられるものです。私たちもこれらに類したことを目にしたり、耳にしたりすることがあるかと思います。

 

ですが、これらはいずれも「事実」と誤認されてきた「犯罪心理学の神話」のようです。なんの根拠もない、つまり科学的な裏付けのないデタラメというわけです。

 

こうした神話が事実として横行している背景には「似非犯罪心理学」の流通があると著者は見ます。「似非犯罪心理学」とは、心理学の用語で武装されているが、その実、科学的な裏付けのない無責任な解釈、恣意的なこじつけに基づく心理学のことです。例えばフロイトの精神分析です。フロイトによれば、理性的制御の役割を果たす「自我」や「超自我」が快楽を追求する「タナトス」を統制できない者が犯罪者になるとされます。わかったような気にもなりますが、たしかにこれでは犯罪についていくらでも勝手な解釈が作れそうですし、データに基づいた検証はできそうにありません。

 

本書は、似非犯罪心理学をはっきり似非として糾弾し、最新の知見に基づいた科学的な犯罪心理学の現状を紹介することを目的とします。またそれを通して、科学的な犯罪心理学をベースとした犯罪への向き合い方を広く社会に定着させることを目的とします。

 

著者は真っ当な犯罪心理学と似非犯罪心理学との違いを強調するために、「科学的」という言葉を繰り返し用います。著者によれば、科学的とは「エビデンス」、つまりデータに基づいているという意味です。犯罪心理学も科学の一つなのだからそんなの当たり前ではないかとも思われるかもしれませんが、犯罪心理学ではエビデンスは長く軽視されてきたようです。著者は科学的な犯罪心理学の重要性を説き、その理解を専門家だけではなく社会全般に広めることが、犯罪と付き合っていかざるを得ない社会全体にとって有益であると説きます。本書はコンパクトながら、そうした著者の熱い思いとともに、最新の犯罪心理学についてのまとまった理解を手にすることができる良書です。

 

強いて一つだけ本書のポイントをあげるとしたら、最新の犯罪心理学によれば、「処罰から治療へ」という大きな流れがあるようです。犯罪者を罰するのではなく、犯罪者は犯罪を犯してしまう病気を患っている者と考え、その治療をしていくということです。

 

「厳しい処罰を科したとしても、再犯抑制にはならず、かえって再犯率を高めてしまうことがはっきりして」おり、そして実際に治療が再犯率を下げるのに効果があるようです。

 

覚せい剤使用者についてはそうした治療プログラムが有効だとマラドーナの例で知っていました。ですが、覚せい剤使用に限らず広く犯罪者を治療対象とみなし治療を施すことが再犯率を下げ、ひいては社会の安定につながるという考え方が最新のトレンドであるというのを知れたのは大きな収穫でした。

 

ところで、社会の安定に資するとはいっても、これは被害者感情の回復という点から、社会に容易に受け入れられる考え方ではないかもしれません。被害者が厳罰を求めるのは致し方ありません。私も何かの被害者になったら、犯罪者に厳罰を求めると思います。

 

処罰と治療。社会のバランスを維持するには、どのあたりに落とし所を見つけるのがよいのか。本書を読むと、科学的な犯罪心理学の成果を手にした私たちの社会は、この難問の前に否応なく引きづり出されているのに気付かされます。