読書感想 : 『シャープ崩壊--名門企業を壊したのは誰か』

 

『シャープ崩壊--名門企業を壊したのは誰か』 日本経済新聞社 日本経済新聞出版社 (2016/2/18)

”シャープ=いけてる会社”でした。

たしか中学生のときだったと思います。両親が私たち兄弟にシャープ製のCDプレーヤーを買ってくれました。そのCDプレーヤーは、二つのスピーカーのあいだに置かれたタッチパネルで操作するようになっていました。今ではスマホをはじめ、ディスプレーにタッチして操作するのはめずらしくありません。ですが、当時それをみたときはただただかっこいいと思い、音楽を聞く以上にタッチパネルをいじっては悦に入っていたものでした。

 

それ以来、”シャープ=いけてる会社”、そんな風に私の頭にはインプットされていました。そんなシャープがいつのまにやら本書で描かれるような苦境に陥ってしまっていたとは・・・ 

シャープの転落の経緯を描いた本です。

本書は、液晶事業で大成功をおさめ、この世の春を謳歌していたものの、「投資の失敗」、「人事抗争」により経営危機へと「瞬く間に転落」「崩壊」していくシャープの経緯を克明に追ったものです。

 

また、本書ではシャープ創業者の早川徳次さん以来のシャープの歴史にも随時触れられ、シャープが一町工場から一大企業へと駆け上っていく軌跡も描かれます。著者(達)は、栄光の軌跡を対照することで、シャープのDNAの崩壊(忘却、か)という点からも、シャープの「崩壊」の経緯を浮き彫りにしていきます。

 

綿密な取材と、今だけでなくこれまでのシャープ全体を俯瞰する視点。本書はその両者を兼ね備えた、良質な、そして何より面白いルポルタージュです。私は興味津々で一気に読みました。

シャープ崩壊の原因は経営陣のお粗末ぶりです。

液晶のシャープ。

 

CMなどで一般消費者に刷り込まれたコピーです。たしかにシャープは液晶事業で力を伸ばし、「1.5流」から1流メーカーへの仲間入りをしました。ただ、液晶の成功によってシャープは液晶頼りの経営をすすめることになり、その結果自分の首を締めることになります。堺工場建設という巨額投資です。設備投資を回収する前に、液晶はコモディティ化し、値崩れしてしまいます。

 

なんであれ売れる製品は真似されて安くなるのは、グローバル経済下においては常識です。シャープの経営陣は、液晶は特別でありコモディティ化を免れると踏んでいたわけです。そうした先見性のなさが投資の大失敗を引き起こしたといえます。

 

さて、たしかに巨額投資の失敗は痛い。

 

ですが、誰にでも失敗はあると思います。投資の失敗は一大事ですが、常に成功する投資はありません。個人であれ、組織であれ、失敗後にいかに対応するかが重要です。シャープほどの大企業なら失敗を取り戻す体力もあったはずです。崩壊を免れることもできたはずです。

 

そうはなりませんでした。

 

皮肉なことに、シャープの今日の経営危機を招いたのは、液晶テレビで世界の一流家電メーカーの仲間入りを果たす原動力となった2人の経営者の「対立」がきっかけだった。第4代社長の町田勝彦と、第5代社長の片山幹雄である。  町田は2007年、49歳だった片山を社長に引き上げた。若手のときからエース技術者だった片山は、「液晶のプリンス」として出世の階段を駆け上った「秘蔵っ子」だった。だが、片山が主導して大阪府堺市に建設した世界最大級の液晶パネル工場(09年稼働)が失敗に終わると、2人の間には亀裂が入る。周囲を巻き込んだ激しい人事抗争が繰り返され、経営は迷走していく。

 

「片山さんが液晶なら、浜野さんが太陽電池という具合に、お互いが競うように投資するんですから異様でした」。当時の幹部は振り返る。ある日、重要な情報を周囲から知らされた浜野は「社長に言わなくてもいいんですか」と聞かれ、こう返したという。「会長にはお伝えしておく」。社長を〝裸の王様〟にするということだ。社長の片山と、実力副社長の浜野が対立していては、経営が混乱するのは当然のことだ。

 

シャープは投資の失敗を機に人事抗争にはまりこんでいきます。町田さん、片山さん、浜野さんという経営中枢の3人が、競争意識から、会社全体の利益はそっちのけで自身のプライドを守るための経営指示を出していく。社員はこれを、首が三つある怪獣にかけて「キングギドラ経営」と呼んでいたようです。

 

人事抗争によって、失敗からの回復は大きく道を阻まれます。

 

ではキングギドラ経営のあとはどうだったか。

 

片山さんの後をついだ奥田社長は、人事抗争の果ての落とし所として選ばれた「人畜無害」の人だったようです。そんな人ですから指導力を発揮することなく終わります。

 

「奥田は社長の器ではないね。人の心はつかめないし。決断できないから。前に進めようというときにあの人は決断できない。(以下略)」

 

その後の高橋社長は、人事抗争の弊害をなくすためOB切りを断行しますが、中身は、がんばればなんとかなる!的な精神主義一本槍の経営能力のないかたでした。

 

高橋はトップでありながら「僕はビジョンを決めない」と言い続けてきた。「自分が言うと周囲が萎縮してしまうから」という理由だ。ただ、高橋が風土改革という名の精神主義にばかり気をとられ、方向性を決めなかったことが構造改革を停滞させ、危機再燃を招いたのは疑いようのない事実だ。

 

「高橋(興三)さんは取引先金融機関から『社長にふさわしくない』という趣旨のことを言われたようです。足元の業績は予想以上に悪化しているし、リーダーシップも期待できない。高橋さんは顔面蒼白で、『会社を何とかしてほしい』と懇願するので精一杯だった……(以下略)」

 

奥田さん、高橋さんは、キングギドラ経営でぐちゃぐちゃになったシャープを立て直すどころか、無為無策で時を浪費し、シャープの傷口を広げていってしまいます。この間、見通しのつかない将来への不安に加えて自社製品買いを金額を決めて強制(自爆営業)されたりと、ますますもって社員のモチベーションも下がり続けていきます。

 

こりゃうまくいくはずない。

 

シャープの崩壊の原因が、経営陣のお粗末ぶりにあるのがはっきりわかります。 

優秀な人たちのはずなのに・・・

シャープといえば、日本人の誰もが知る名門企業です。つまり、採用試験の狭き門をくぐり抜けた選りすぐりの学生だけが就職できる企業です。そして、そうした優秀な人たちのあいだでの出世競争に勝ち抜いた人だけがなれるのが、会社役員であり社長です。

 

名前をあげた町田さん、片山さん、浜野さん、奥田さん、高橋さんも、それぞれ確かな実績を残して会社に貢献し、出世競争に勝ち抜いてきたかたたちです。

 

それなのにどうしてこんなことになるのでしょうか。そろいもそろって経営者不適格とは・・・ 

 

雇われる側の能力と経営側の能力とは別物なのでしょうか。組織で働いたこともない私が判断できることではなさそうですが、どうしてもそのように感じてしまいます。

 

経営者が企業の盛衰を握っている以上、経営者が"経営者として"優秀でなければ会社の不幸につながります。忠誠を誓い長きにわたって会社に貢献してきたからといってそうした人の中から経営者を選ぶよりも、実績のある経営者を高給でヘッドハンティングするほうが合理的なのではないか。本書を読んで、私はしみじみそう思いました。

 

例えば外部から日産の社長になったゴーンさんは高給取りなのを批判されることもありますが、会社全体の利益を考えれば安いものでしょう。ゴーンさんがいる限り日産がシャープのようになるのは想像できません。なにかあってもなんとかしてくれそうです(笑)

シャープの今後

シャープは台湾の鴻海精密工業の傘下にはいることが決まりました。

 

これからシャープはどうなっていくのでしょうか。目の付け所がシャープな製品を再び世に送り出していく企業へと蘇るのでしょうか。はたまた鴻海の下請けの部品製造工場のようになっていくのか。

 

いけてるシャープの復活を祈りつつ、今後の動きに注目していきたいと思います。