読書感想 : 『ニューカルマ』

 

『ニューカルマ』 新庄耕 集英社 (2016/1/10)

ネットワークビジネスに絡みとられていく若者の物語です。

本書はネットワークビジネスにはまり、堕ちていくいく若者の物語です。ちなみにネットワークビジネスとは、一昔前でいうところのマルチ商法、ネズミ講のことです。

 

ネットワークビジネスに絡み取られていく主人公ゆうきを通して描かれるネットワークビジネスの闇。読者はその闇を追体験することになります。ただし、闇にとりつかれつつも感情(と懐具合)の浮き沈みを繰り返す主人公とは違って、読者は一貫して嫌な気持ちを深めながらの追体験になります。小説になんらかの救いを求めたいかたには、お勧めできない作品です。著者は全体を通して淡々と筆を進めます。私にはそれががえって、ネットワークビジネスの闇の深さを際立たせているように感じられました。

 

さて、私はこれまでネットワークビジネスに手を出したことがないのはもちろん、交友関係が狭いのがばれてしまいそうですが、その手の勧誘を受けたこともありません。ただネズミ講はやばい、と聞き知っているだけでした。ネットワークビジネスは、振り込め詐欺のように大々的に注意喚起されるようなこともなかったのではないかと思います。私はそれが具体的にどういうものか、そしてそれの何がやばいのかは知りませんでした。 

 

本書を読むと、ネットワークビジネスのなんたるかがわかります。そして、ネットワークビジネスのやばさの正体がわかった気がします。

 

以下では、やばさのほうに焦点を絞って感想を書いてみます。

”人間関係”が”お金の関係”にされてしまいます。

念のため確認しておきます。ネットワークビジネスは不労所得を得ることを目的とします。その源泉は自分の子分となる会員です。子分が商品を販売すると親分のもとにキックバックが入ってくる。したがって、子分が多ければ多いほど親分の収入が増えていきます。つまり、どれだけ子分を集められるかがネットワークビジネス成功の鍵となります。

 

主人公ゆうきは、将来に対する不安からネットワークビジネスに足を踏み出す。そこでまず最初に求められることが「見込み会員リスト」の作成です。

 

ご家族、ご友人、職場の人、近所の人、よく行くお店の人、昔の同級生、誰でもいいんです。とにかく思いついたら書く。手を動かす。

 

上役からこのように指導され、身近な交友関係から子分候補者をリストアップしていくことになります。

 

ゆうきははじめはリストアップすることにすら躊躇します。ですが、徐々に会員を集めるためには背に腹は変えられないとばかりに、持てる人脈をフル活用して勧誘活動にのめり込んでいきます。執拗な勧誘に、ついには友人から見捨てられ、会社同僚からも白眼視されることになります。

 

ネットワークビジネスのやばさは、私はここにあると思います。

 

ネットワークビジネスは「人脈」が重要であるという。たしかに人脈を重視しています。しかし、ネットワークビジネスは、家族、友人ですら、自分の子分として金のなる木にしてしまおうという発想です。ネットワークビジネスにおいて人脈はすべてお金の関係に置き換えられてしまいます。

 

家族や友人はお金の関係ではありません。職場の人も、お金を得るために共同して働いているとはいえ、単純にお金だけの関係とは言えないはずです。そうした人間関係をお金だけの関係へと変換しようとされたら、誰だって拒絶反応を示します。

 

私たちはまず第一に、家族、友人をはじめとする人々との人間関係に埋め込まれ、それに支えられて生きています。ネットワークビジネスはそうした私たちの基盤となる関係を切り崩していくわけです。

 

ネットワークビジネスに手を出したほとんどのかたは失敗するようです。お金も手に入らず、それだけでなく人脈も失う。手をだしたらほんとうに何も残りません。ゆうきもすべてを失います。

 

ネットワークビジネスで成功し大金を手にする人もいるとは思いますが、成功者も人脈を切り売りすることには変わりありません。お金の関係に還元されてしまう人間関係だけで生きていくことになります。それが幸せとは思えません。それは頼れるのはお金だけというのと同じですから。

ねずみ講のやばさは資本主義のやばさ

ねずみ講、これが、お金が殖える理由であり、経済成長がプラスを持続するメカニズムであり、資本主義の本質なのです。

 

以前に読んだ本(『すべての経済はバブルに通じる』)の一節です。それ以来ねずみ講という言葉を耳にすると、私はついついこの言葉を思い出してしまいます。

 

この本は経済学者が経済現象について書いたものです。人間関係どうこうという話は出てきません。ですが『ニューカルマ』を読み、ネットワークビジネスのやばさの本質が、”人間関係のお金の関係への還元”にあると学んだ今、その一節が新たな装いを持って私に迫ってきているような気がしています。

 

ねずみ講のやばさは資本主義のやばさ・・・ 資本主義は人間関係を蝕んでいくものなのか・・・

 

こんな視点も頭の片隅に入れておこうと思いました。